大阪人がスペインで愛を得る旅

ワーキングホリデービザでスペインの南の方に住んでいます。

お洒落

 

クロと外にお出かけすることは、滅多にない。

 

そもそもクロがインドア派なこと、今日本への渡航に向けて節約中であることから外食の機会はゼロに近い。

 

一方、私は世界一周を試みたこともあり(コロナで中断したが)、アクティブな人間だと思われることが多い。

実際、旅行は好きだ。

 

しかし、何より極端な人間なのだ。

外に出るなら、いっそ国境をまたいで。

近場に出かけるくらいなら、いっそ出かけない方がいいかも。

そんな感じなのである。

どこかへ旅行に行くのなら、いっそ他のところにも足を運ぼう。

極端さとめんどくさがりが重なって、外出すらひとまとめにしたがるところがある。

 

まあ、つまるところ、ここ最近はあまり遠出をしていない。

とはいえ、ずっと家にこもってばかりいるとなんだかそわそわしてくるので、なんだかんだ家を出る機会は作っているのだが。

 

長々と言い訳がましい御宅を並べて何を言いたかったのかというと。

 

ちょっと買い物に行く、ということすらあえて行事に見立てておめかししよう、という思考に至ったのである。

めんどくさがりな私はスペインのラフさにかまけて、すっぴんでも外を歩ける肝っ玉を手に入れている。

ただ、体裁のためではなく、自分のテンションを上げるためにおめかしをしたい時だってある。

 

そんなわけで、私は特に予定もないけれどおめかしをした。

 

マスカラを塗ったのなんていつぶりだろうか。

念には念を押して大量に持ってきてしまった化粧品たち。

荷物になるので、使い切りたいのに出番がなくずっと眠っていた子たち。

お待たせ。

 

よし。

ひとしきり完成して鏡に映る自分を見ると。

不思議だ。

化粧をすると、気持ちが引き締まる。

何もしていない自分より明らかに強くなった自信のせいだろうか。

鏡に映る自分も無意識に口角を上げる。

しばらくしっかりと化粧をしていなかったので、珍しさからか余計にテンションが上がる。

 

一ヶ月くらい前に買ったのに一回もまだ着ていないピンクのスウェットに手を通す。

カラフルな服は無条件にテンションを上げてくれる。

 

すっかり満足のいく仕上がりになった私は、これみよがしにクロに見せつけに行く。

 

「可愛い!」

質問ではなく、意見の押し付けである。

 

クロは少し驚いたような顔をして、

「どこ行くの?すごく綺麗だけど。」

と言う。

 

おめかしをして自意識過剰モードに入った私には、お洒落をして他の男に会いに行く心配をしているように見えないでもない。

 

しかし、行き先は特に決めていなかった。

でもせっかくおしゃれしたし、スーパーだけじゃもったいないな。

とりあえず、溜まったゴミを捨てに行かないといけないことだけは決定事項だけれど。

 

「ゴミ捨てに行く。」

「そんなおしゃれして?」

「うん。可愛いよな!」

 

まあ、ゴミ捨てついでにお散歩でもしよう。

 

綺麗だと言われて上機嫌になった私は、今までで一番気分良くゴミ捨てに出かけた。

 

 

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

で会話をしています。

ハンバーガー

 

その日のクロはご機嫌だった。

 

ベッドに転がって携帯をいじっている私を邪魔しに来たのかと思えば、おもむろに指やお腹を噛まれる。

前からくすぐられたりすることはしょっちゅうだったが、噛まれるとは思っていなかった。

そもそも、潔癖症じゃなかったけか。

まあ、いい。

ご機嫌そうで何よりだ。

 

 

ご飯を食べた後、はち切れそうなお腹をさすっていたら

「ユウジ」

と勝手に名付けて撫でたりしている。

ちなみに、完全にアニメに影響された名前である。

 

 

買い物から帰ってきたクロは、お母さんに教えてもらったという代物をAmazonで注文しようとしていた。

水に入れるだけで味がつき、簡単に一日に必要な水分を摂取できるという粉だ。

カロリーや余計なものは含まれておらずビタミンがわずかに入っているだけなので、栄養バランスも問題ない。

 

「到着は来週?遅すぎるよ。その頃には、俺は日本にいて家庭を持ってるよ。君と7人の子供がいるね。」

きっと冗談なのだけれども。

またそんな冗談が聞けるようになったのが嬉しかった。

 

 

その日の夜ご飯は、ハンバーガーだった。

ふと思い立ったのか、クロが材料をスーパーで買い揃えてきたのだ。

 

部屋で転がっている私に

「行こう!」

と言ってお越し手を引いてリビングに連れていく。

 

テーブルには、美味しそうなハンバーガーが並んでいた。

 

「これクロが作ってくれたん?すごい!!ありがとう!」

 

私が作った料理をクロに分けることは何度かあったけれど、こうして正式に何かを作ってもらうのは多分初めてだった。

 

「たまごキングと、チキンクイーン。」

だそうだ。

 

鶏肉と豚肉、豪華な二本立て。

 

このためにせっせとお肉を焼いたり野菜を切る姿を想像すると、なんだか愛おしくなった。

 

「ほんまに美味しそう。ありがとう。いただきます!」

 

ちなみに、味もめちゃめちゃ美味しかった。

かなりボリューミーだったので、二人とも一つは次の日用に残しておいた。

 

クロ特製ハンバーガ



二人で膨れたお腹をさすりながら、お決まりのアニメタイムに突入した。

 

なんてことはない。

そんな平凡な日常を繰り返していく。

そうやって過ごせることが、今の私にはじゅうぶん幸せだと感じられた。

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

で会話をしています。

心配性

 

少しずつ冷静さを取り戻したのか、クロがポツリと言った。

 

「近い間柄の人に対して、過剰に心配してしまうことがあるんだ。自分でも良くないと思ってる。直したいんだ。」

 

私はクロがやっと何事も跳ね返す話を聞かないモードの武装を解いたことに少しホッとした。

 

長い足を窮屈そうに折りたたんで体育座りをしているクロは、普段の体格の良さを忘れさせるくらい小さく見えた。

 

私の気持ちを慮らないような態度に対する怒りが、少しずつ解けていく。

 

方向性に難点はあるものの、これは正真正銘の嫉妬なのではないだろうか。

私に男の影が見えて、焦ったのかもしれない。

好ましくない状況なのに、何もできない自分の立場が歯痒くて。

結果、気持ちがこじれて態度に現れる。

 

もしもそうなら、私と同じだ。

 

確証が得られないから不安になって。

縛り付けておけないから不安になって。

そんな自分が時に滑稽で。

近いのに遠く感じる距離がもどかしくて。

 

同じ気持ちかもしれない、という考えが場にそぐわず私を慰めた。

私も少し拗らせてしまっているのかもしれない。

嬉しい、だなんて。

 

これまでは、この状況がもどかしかった。

出口はすぐそこに見えているのに、自ら逆方向に進むようで。

いつまでたっても終わらないような気がして。

 

けれども人間というのは不思議なもので。

痛みも何度か味わえば徐々に慣れていくものらしい。

 

今の私なら、この理不尽な迷路を楽しめそうな気がした。

 

何度もぶつかって、また立ち上がって。

たまに足を止めてしまうことがあっても。

 

一人で迷っているわけじゃないなら。

 

 

とまあ、こんなことは前にも思ったような気がするけれど。

 

きっと私たちは二人ともちょっと不器用なんだろう。

不器用なりに、遠回りをしたっていいよ。

 

たまに悲しいラブソングを聴いて感傷に浸れば、また起き上がれるから。

 

この奇妙な恋の物語を、私はそう簡単に諦めるつもりはないよ。

 

それが愛の物語になるまで。

 

うむ。

こうしてポエムっぽく書き記せば、他人事みたいだな。

 

 

 

 

次の日、なんだか気まずいような気持ちを抱えていたのはきっとお互い様だったけれど。

やっぱり空いた距離をもう一度詰めてくるのはクロからだった。

 

無言で私の部屋に入ってきたかと思えば、手にバリカンを持っている。

どうやら、伸びた襟足を剃れということらしい。

 

おぼっちゃまかよ、と言いたくなる横暴な態度に吹き出してしまう。

クロのこういうところに、いつも救われているなあ。

 

そう思いながら、襟足のみならず頭部を除く上半身の毛を全て剃ってやった。

 

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

で会話をしています。

距離

 

 

「綺麗、だなんて。絶対君のこと狙ってるよ。」

 

そう言うクロは、なんだか目が潤んでいるようにも見えた。

いや、部屋が暗かったので私の思い違いかもしれない。

 

とにかく、切に訴えるような瞳に、庇護欲が湧いた。

咄嗟に言い訳をしなければならないような気持ちになる。

 

いや、落ち着け。

別に私は悪いことなんかしていない。

 

「前、もう友達だからって君は言ってたけど。向こうは絶対そう思ってないよ。君とどうにかなりたいって思ってるよ。」

 

いや、そんなことはないと思うけど。

 

まあ、でも確かに最後のメッセージは私から見ても奇妙だった。

一緒に出かける気持ちを削ぐには十分な威力だった。

 

「向こうがどう思ってるかはわからんけど、確かに変やなとは私も思ったよ。やからもう返事してないし。」

 

「とにかく、俺たち距離を置いたほうがいいと思うんだ。」

唐突に放たれた言葉に面食らう。

 

この衝撃は何度目だろうか。

 

「いや、なんでそうなるん。」

「誰かが君を好きなわけだろ。それなのに一緒に住んでるからって君と仲良くするのは罪悪感があるんだ。自分がされて嫌なことはしたくないんだ。君が逆の立場だったらどう思う?好きな男が、同居人とあまりにも仲良くしてたら。マッサージとか、触れたりとかしてたら。」

「もちろんいい気はせんけど…」

 

話が飛躍しすぎだ。

そもそも、彼が私を好きだという確証はないし。

 

というか、私たちの距離感が普通じゃないことは自覚あったんかい。

頭の中で思わずツッコミを入れる。

 

「もし仮に誰かが私のこと好きやったとしてさ、その人に悪いとかどうのの前にさ。私の気持ちは考えてくれへんの?私の気持ちは無視していいん?」

 

私がどんな気持ちでクロと一緒に暮らしていると思っているんだろう。

一時的に感情的になって言っているのだとしても、私の気持ちを踏み躙るような言葉に腹が立った。

 

「私は、クロと一緒に毎日楽しく暮らしたいねん。だからpisoの追加料金も払ったし。」

「俺だって今まで通り楽しく暮らせるならそうしたいよ。でも、君が望むならお互い干渉せずに別々の人生を歩んだっていいよ。」

 

前にも聞いたようなセリフだ。

今の私には、ただ拗ねて言っているようにしか思えない。

 

そんなこと、クロ自身も望んでなんかないくせに。

 

遠回りせずに、言えばいいのに。

他の男のことなんか見ずに、俺だけ見てくれって。

不安にならないくらい俺だけにしてくれてって。

 

その言葉さえもらえれば、私は喜んでそうするのに。

 

 

 

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

で会話をしています。

態度

 

 

その日、日課のアニメを見る時間になってもクロの態度がおかしかった。

なんだかそっけない。

 

いつもならことあるごとに部屋に顔を出し、徐に私に構っては台風のように去っていくのにそれもなかった。

何か機嫌をくすねるようなことしたかな、と目新しい記憶を遡るも思い当たる節がない。

 

アニメを見るときは、いつも必ずクロは私を呼びに来る。

大抵晩御飯の後なので、呼びに来ないことを不思議に思いリビングに向かうと、ちゃっかりアニメを見ようとしているクロがいた。

 

「え?勝手に見ようとしてたん〜?」

と笑いながら問いかけても、ほぼ無視に近い反応しか返ってこない。

 

おかしい。

 

ひとまず、機嫌が悪いならそっとしておこう、と放っておくことにした。

 

「勝手に隣で一緒に見るもんねー」

というたまたま一緒に見てます風作戦は拒否されなかった。

無言は許可とみなそう。

 

アニメを見終わった後も、何も言わずに部屋に戻ろうとするので思わず引き止めた。

 

「私なんかした?なんかあかんことしたんやったらごめん。」

 

たった最近家賃を多く払ってでもこのpisoでの共同生活を続けると決めたのだ。

気まずい空気は、早めに解消しておきたい。

 

「あの人と見ればいいじゃん、アニメ。スペイン語も彼なら優しく教えてくれるかもね。」

ふい、とそっぽを向く。

 

ん?

 

「え、こないだ久しぶりに連絡きた人のこと言うてる?急になんで?」

「会うんでしょ?」

「?会わへんよ?」

「でも向こうの会おうってメッセージにいいよって返事してたじゃん。」

「それ先週のことやし。先週、空いてたらって言われたけど結局その後何も連絡なかったし。」

「でも、さっきまた連絡来てたよね。」

 

状況を整理しよう。

 

 

私には以前言語交換アプリを通して知り合った男の人の知り合いがいる。

彼とは数回会ったのち好意を打ち明けられ、友達としか接することができないと伝えてから疎遠になっていた。

 

しかし、最近数ヶ月ぶりに連絡が来たのだ。

仕事が落ち着いたので、久しぶりに近況報告がてらご飯にでも行かないかというお誘いだ。

彼と会うこと自体に気乗りはしなかったが、クロとの関係でいざこざしていたタイミングでもあったので、他の人と会うべきだろうかという思いでOKの返事をした。

それに、以前彼の友人のもとで働けるかもしれないという話があったのでその下心もあった。

 

ただ、そっけない私の返信で何かを悟ったのか、はたまた単純に都合がつかなかったのかは不明だがその後具体的な日程の提示などはなく一週間が過ぎた。

彼からの連絡がない、すなわち彼と出かける機会がなくなったことに何処か安堵している自分もいた。

 

一週間が経ち彼の存在を忘れかけた頃、新たなメッセージが届いた。

それはご飯のお誘いなどではなかった。

「新しいアイコンいいね。綺麗な建物だ。もちろん君も。」

日本語にするとサブイボがたちそうなキザなセリフだが、まあそんな内容だった。

 

そのメッセージのことを、クロは言っているのだ。

 

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

で会話をしています。

 

対抗策

 

 

内覧者が後をたたない様子を見かねて、クロは大家さんと直接話をすると言った。

彼の主張をまとめるとこうだ。

 

そもそも他人と共同生活をすることが苦手なクロにとって、気の許せない人と暮らすことは耐えられない。

おそらく大家はお金を欲しがっているので、もう一部屋分を支払いさえすれば新しく誰かを居住させる必要はないはず。

一室分の家賃を折半するのはどうか。

 

推測は高確率で正解だろう。

しかし、私にしてみれば何もこちらから急いで話をつける必要はないのでは、と急ぐ理由はわからなかった。

内覧が続き対応に追われるのは煩わしいが、なかなか入居者が決まらなければ大家さんは諦めるかもしれないし。

 

ただクロは直接聞くのが早いの一点張りで、すぐにメッセージを送信した。

 

私の思考回路は日本人的なのかなあ、とふと思った。

問題が発生してもしばらく様子を見て何も行動は起こさない。

それが功を奏することもあるだろう。

しかし別の価値観を持つものからすれば待つ時間が惜しいのかもしれない。

 

そんなことをぼうっと考えているうちに大家さんから返信が届いた。

 

結局クロの予想通りで、家賃さえ手に入れば大家側としてはどんな形でも良いらしい。

それに、広告を出し入居希望者と連絡を取ったりするのも煩わしかったので、なんなら入居者なしで家賃だけ手に入る方がありがたいとのことだった。

 

それはそうだろう。

今のpisoは電気代と水道代が月々の家賃に含まれているため、大家側の負担となっている。

人が増えれば使用量が増えるが、その出費も抑えられるのだ。

うまい話だろう。

 

つまるところ、クロと大家さんの利害が一致したというわけだ。

後はお金の問題だけ。

 

以前3人目の入居者が来たときのクロの様子を直接見た私からすれば、別の入居者を受け入れるくらいならお金を払った方がマシだ、と考えるだろうことは容易に想像できた。

 

そうなると、クロ一人でもう一室分を支払うか、私と折半するかだ。

(もう一人の同居人にも事情を話したが当然支払いは拒否された。)

 

「君は、どうしたい?もう一人よくわからない男が来ても良い?」

と、私からすると誘導尋問のような言葉を吐いて真剣にこちらの様子を窺われている。

 

正直、昨日の今日では自分の意見は固まっていなかった。

 

お金のことを抜きにして考えれば、人は増えないに越したことはない。

人が増えると生活に制限が増えるのは事実だ。

例えば、使いたい時に風呂場やトイレが使えない確率が上がるとか。

スペースもそうだ。

 

それに、入居者は男。

男の人3人に囲まれて暮らすのは確実に肩身が狭いだろう。

こだわりが強くないために適応能力が高いことは自負しているが、想像しただけで空気が薄くなったように感じた。

 

「他の家を探すってのはどうなん?今より条件良いとことか。」

そもそも今のpisoでないといけない理由はない。

 

しかし、

「契約期間がまだ残ってるから、その期間分結局支払わないといけないから余計にお金がかかるよ。それに、電気代が高いこの国で電気代込みでこの値段の家ってなかなかないよ。一室分追加で払ったとしても今の家のほうが安く済むよ。」

と言われて返す言葉がなかった。

 

「水道代、電気代はスペイン来てから自分で払ったことないから頭になかったわ。確かに高いって言うもんな。」

 

その後大体の相場を聞いてみたが、二人暮らしなら月に1万はくだらないらしい。

確かに高い。

 

その後物件サイトもちらっと見てみたが、クロの言う通り今のpisoで追加で払うほうがお手頃だった。

 

 

「せっかく多く払うんだし、この冬は暖房使い放題だね!」

と、不安から解放されたクロは嬉しそうに両腕を上げて喜びを示していた。

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

で会話をしています。

 

4人目

 

それもまた突然だった。

 

大家さんから連絡があり、今日の夕方に男の子が一人下見に来るから、家にいたら鍵を開けてくれないかとのことだった。

 

私がその通知に気づくよりも前にクロが部屋に押しかけてきた。

メッセージを確認した時には、クロがすでに大家さんに返信した後だった。

 

「俺が案内する。部屋を気に入らないように、ネガティブキャンペーンをするんだ。いっそのこと、今から部屋を散らかしておこうか。」

 

私たちのpisoの最後の空き部屋は、今や物置部屋と化していた。

潔癖症のクロが机やら椅子やらを買い替えたため、元々備わっていたものが無惨に敷き詰められているのがその部屋だった。

私が下見をする側なら、後で片付けると言われても遠慮するだろう。

そもそも一番狭くて日当たりも悪いから、誰にも選ばれず残っていたのだ。

 

それでもクロは、1%の可能性も潰しておきたいらしく、あえて物を乱雑に置き直したり部屋を閉めて埃っぽい空間演出に取り掛かり始めた。

それを見ながら、他人事のように笑いが込み上げてきた。

あまりにも真剣だったので、なんだかおかしかったのだ。

 

「それから、君は内覧の間部屋から出てきたらだめだよ。可愛い女の子が住んでいるなんて知られたら、男どもはその気になっちゃうからね。」

 

私はチワワかなんかだろうか。

冗談かと思っていたら、その後念を押すように何度も言われたので、どうやら本気らしい。

 

「シャワー浴びようと思ってたけど後にしよう。ボサボサ頭で、やばいやつだと思わせれば住みたくなくなるだろう。質問にもぶっきらぼうに答えて、5分で終わらせるよ。」

 

pisoのネガティブキャンペーンのためなら体も張るらしい。

クロの必死な様子をあたたかく見守りながら、私はおとなしく部屋に篭ることにした。

 

 

そして、決行の時がきた。

言われた通り部屋でおとなしくしている私には姿が見えないが、話し声が聞こえる。

下見にきた彼は2、3ほど質問をしたように思う。

 

実際には、5分もかからず彼は退場した。

終わりを知らせに扉を開けにきたクロは、勝利の笑みを浮かべている。

 

まあ、無理もないだろう。

実際条件が良いとはいえない要素は初めからいくつもあった。

 

しかし、勝利の笑みは長くは続かなかった。

 

戦いはまだ終わっていなかったのだ。

 

そいつがダメなら、とでも言うように大谷さんから連日内覧の連絡がくるようになったのだ。

しかし自身で案内する気はさらさらないらしく、私たちの都合のつく時間帯を訪ねてきた。

 

自分で案内すれば全力でネガティブキャンペーンができるから、という理由でその後もクロは案内役を買って出た。

 

 

 

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

で会話をしています。