黒のワンピース
同居人二人がスペイン語で会話している時、まだ私には全てが聞き取れないことが多い。
私に聞かせようとする時は簡単な単語を使ったり、ゆっくり話してくれたりと配慮してくれているのだ。
その日も私は別の作業をしていて、彼らの会話に注意を向けていなかった。
「デート」と言う単語が聞こえて、思わず反応してしまうまでは。
どうやら女の子がクロを揶揄っている?らしい。
付き合ってくださいって言いなよ、みたいなことを言っているのは分かったが、文脈が分からない。
クロは真面目な顔で首を横に振っているが、彼女の表現からしてあくまで冗談だろう。
デート?誰と?
胸がざわつくのを感じた。
私の知らない人だろうか。
なんか、もやもやする。
結局話の全体像が見えぬままその会話は終わった。
彼女が仕事に行く時間だ。
それから私たちはお互いの言語を勉強したりして、しばらくした時にクロが出かける準備を始めた。
どこかに行くのかと問うと、
「仕事に行った彼女の代わりに薬を受け取りに行くんだ。一緒に来る?」
と返ってきた。
どうやらもう一人の同居人におつかいを頼まれていたらしい。
私はとにかくなんでも経験してみたかったので、二つ返事で答えて急いで支度をした。
今からしっかり化粧をするような時間はないし、ただ薬局に行くだけだから簡単でいいか。
それでも、少しの間でもクロと二人で出かけるのなら可愛くしたいな、と思っている私がいた。
ひとまず簡単に着替えられるワンピースと、最近買ったお気に入りのサンダル。
眉毛だけ描いて、あとはリップを乗せてまとめていた髪を下ろす。
ささっとすませて玄関へ向かうと、クロがこちらを見て少し驚いたような表情をした。
「スカート、短すぎた。。?」
急いで選んだワンピースは丈が短めで、足を出しているのが見苦しかっただろうか。
「いや、完璧。サンダルも俺の好きなやつだし、黒のワンピースも俺好み。10点満点。うわあ、良すぎるよ。」
あら、心配に反して高評価だったらしい。
その後も、めっちゃ綺麗などの褒め言葉が聞こえた。
どんなけ黒好きやねん。
まあでもなんや、良かった。
そんなに誉めてもらえるといい気になっちゃいますよワタシ。
片道10分ほどの道をただ歩くだけなのに、なんだか新鮮だ。
並んで歩いて気づいたけど、クロって背が高かったんだなあ。
そんなことをぼんやり考えている時に
「集中して。デートでしょ、これ。」
と言われて思わず我に帰る。
隣ではクロが冗談冗談、ははと笑っている。
さっき聞こえたデートって、もしかしてこのことだった…?
本気でそう思っていないにしても、デートという意識が少しでもあったことがなんだかこそばゆくて。
今にもスキップしそうな気持ちを抑えて冷静を装った。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。