誘惑
二人でソファに座り、一緒に動画を見せていたときだった。
私が左手を下ろし、彼は右手を上げてお互いの手を叩いた。
動画の中の歌い手があまりにも素敵で、思わずハイタッチしただけだ。
でもその後、ほとんど自然に二つの手は繋がれそうになった。
危ない危ない。
私たちはただの同居人なんやから、と自分に言い聞かせる。
同居人、を超えてはいけない。
でもそのせいで、かえって手に神経が集中してしまう。
あのまま手を繋いでいたらどうなっただろう、とか。
クロはどう思っただろう、とか。
そんなことばかり考えて画面に集中できなくなった。
その後、クロのおすすめのアーティストを聴かせてもらい、私も自分のおすすめを紹介することにした。
The Voiceという欧米で有名なプログラムがある。
歌がうまい一般人がプロの前で歌唱し、プロに見そめられるかを視聴者は見届ける。
その動画では、とあるロシアの男の子がSiaのChandelierを披露した。
声変わり前の彼は楽々と綺麗な高音でサビを歌い上げる。
初めは緊張が垣間見えたものの、サビを歌い上げた後には自信をつけたのか『魅せる』ステージに変わる。
身振り手振りや表情、何をどうすればより自分を引き立てるのか、幼いながら彼は知っていた。
偏見かもしれないけれど、海外の人たちは自分の魅せ方をよく心得ているように思う。
教育によるものなのか分からないけれど、大胆な仕草も恥じることなくやってのけ、そしてそれが様になる。
「私から見るとさ、海外の人って自分を魅力的に見せる方法をよーく知ってるように思えるんよな。そういうのって、一体どこで習うん?」
隣に見ていたクロに向かって質問を投げかける。
「そんなの簡単だよ。まずはこうして、」
そう言って彼は私の左手を握る。
数分前にすれ違った二つの手が、今度こそ重なった。
鼓動が早まるのが分かる。
期待していたの、バレていたのだろうか。
いや、彼のことだからきっとなんとも思っていないのだろう。
悶々としているのは私だけなんだ。
「その後は相手に体重を預ける。」
そして、言葉通りにクロの右半分の重さが私にもたれかかってきた。
「もう一押ししたいなら太ももに手を置いたり、直接的に肌をチラ見せさせてもいいけど、強力だから使いどころに注意だね。」
と彼はいたずらな笑みを浮かべる。
どうやら、私のスペイン語の拙さにより、「自分を魅力的に見せる」を「誘惑」と捉えさせてしまったようだ。
おかげでまんまとお試し誘惑されてしまったわけだが。
こっちが思わずそっぽを向きたくなるくらい照れてしまうようなことを、照れずにやってのけるのだから困る。
それとも、私が意識しすぎているだけなのか。
どちらにせよ、嬉しいけれど、悔しい。
クロは私の苦虫を潰すような顔を見て悟ったのか、
「目を見て、目があってからちょっとだけ笑えばそれだけで十分だよ。後は、手を合わせればそこからは簡単。とにかく全ての始まりは手だね。」
と笑っている。
その言葉は真実だろう。
実際、私はたとえフリでも、こうして手を握られただけで顔から火が出そうだ。
日本人云々とかではなく、単に私が恥ずかしがり屋なだけなのかもしれない。
それとも、しばらく恋愛というものをろくにしていなかったせいで不慣れさが爆発しているのか。
私が照れていると、
「え、俺に対しても照れているの?」
と言われまた胸を暗がかったもやがかすめる。
やっぱり、クロにとって私はただの同居人でしかないんだ。
そもそも恋愛対象として見ていないから、照れることもないんだ。
なんか悔しい。
いつか艶っぽく微笑んで、照れさせてやるからな…!
とひそかに誓った。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。