止まらない涙
本気で好きになれば別れが辛くなるから、恋人は作らない。
そう言っていたのは彼だ。
最初からわかっていたはずだ。
じゃあなんで。
「じゃあなんで、始めたん。」
「つまり、はなから遊びのつもりで私と過ごしてたん?キスも、ハグも全部。」
ぽつり、ぽつり、と言葉にするたび自分の胸が痛むのがわかる。
そしてその度に、目から涙がこぼれる。
あああ。せっかくの化粧が台無しや。
「いざ始めてみたら、たくさんの感情が生まれたんだ。俺にだって感情はある。このまま続けたらどうなるかって考えたら、君のためにも、俺のためにも今のうちに止めるべきだって思った。」
とても中心地にいく気分にはなれなかった。
化粧が崩れてしまったことよりも、ぐしゃぐしゃになった私の心が立て直せそうにない。
今何をみてもきっと何の感情も湧かないし。
どうせ考えてしまうことは一つだ。
そういや、さっき着替えた時も直接的な褒め言葉はくれなかったなあ。
それも、これが理由か。
最近態度が白々しかったのも、キスする時にぎこちなかったのも、戸惑っていたからなのかな。
もやもやの正体が分かると、なんだか余計に涙が出てきた。
「一旦一人で考えたい。整理したい。」
「でも、もう遅いから君を一人で外で出歩かせるわけにはいかない。」
「じゃあ家に帰る。今から何かを見る気にはなられへん。」
立ち上がって駐車場を後にした瞬間に、クロが前に褒めてくれたクロのサンダルが壊れて、輪をかけて悲しくなった。
こんなタイミングで。
家に帰る道のりにも、頭の中は考え事だらけだった。
確実なのは、それだけクロの日本で住むという夢は確固たるものなんだ。
それを、邪魔したいわけじゃない。
でも、邪魔したい。
クロに私のことを考えてほしい。
そんな醜い欲求が芽生えていることに気づいた。
家に戻って、もう一度話をした。
「つまり、真剣に付き合うことができひんから、関係を続けられへんってことよな。」
「俺のいう真剣っていうのは、将来を約束して家族にも紹介することだ。でも、今の俺の人生は不安定で、先のことも未確定、収入源や住む場所なんかも確約されていない。自分でも自分の将来が分からないような状況だ。そんな俺が、誰かに将来を約束することなんてできない。パートナーになったら、二人の人生だ。俺だけ良ければいいって訳じゃない。」
言ってることは理解できるけど、受け入れたくない。
それでも良いって言ったら?
「今は、感情的やから冷静に話せてないんかも知らん。でも、私はクロと一緒におるだけで幸せやねん。二人とも好きで、一緒にご飯食べたり笑い合って、たまにお互いの言語を学んで。それだけじゃあかんの?」
先のことなんて、どのみち分からない。
今この瞬間の幸せを追うことがそんなにいけないことなのか。
「それに君は、旅行が好きだけど俺は家で過ごすほうが好きだ。俺のせいで君の好きなことを我慢して欲しくない。」
「旅行なんて友達や家族とも行けるやん。そらパートナーと行けたら幸せやろうけど、お互いに別の趣味やからあかんなんてことはないはずや。」
今の私には、クロの言葉の全てが私を妨げるためのものにしか見えない。
受け入れたくない。
受け入れてほしい。
言葉にならない感情が、またボロボロとこぼれ出す。
何を言いたいのかも分からず、でもただただ悲しい。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。