爆発
その二日間で、クロの笑顔を見たのは一度きりだった。
塞ぎ込む彼があまりにもかわいそうで、自分のことを棚に上げてどうにかしてあげたいと思った。
しかし、話し相手には私のスペイン語能力では十分に相談にのってあげられない。
彼が不安を吐露する相手としてはまだ役不足なのだと痛感していた。
同居人は外国人である私に積極的に話しかけてくることはなかったので、幸か不幸かクロがこぼすほどの不満は私には湧かなかった。
そのことすら、クロはどこか気に入らないようでもあった。
同居人の問題が発生する前に、考え事は一人でするのが好きだと言っていたし。
これまでの彼を見ていて、他人に干渉されることを好む性格ではないと分かっていた。
それでも、私の心はどうにかしたいと騒ぎ立てる。
彼のことを想って、けれどそれはある種自分のためでもあるのかもしれない。
とにかく日中は彼をそっとしておくことにした。
もっとも、彼自身が近づくなオーラを出していた。
でも、このままにしておけない。
数日前に起こった自分達のことは、今はどうでもよかった。
この目の前の男の子に、楽しいことだけが起きてほしい。
いつも笑っていてほしい。
そんな気持ちだった。
ソファでまだ携帯と睨めっこをしているクロに恐る恐る話しかける。
何度も脳内で予行練習をした。
冗談っぽく、なるべく軽い感じで。
「ハグが必要やったりする?心配せんでも、これは友人として。知ってる?ハグにはリラックス効果があるんやで。ストレス緩和とかさ。」
私が言い終わる頃には強張っていた彼の表情が少し解けて。
口元にも少し笑みが見える。
最後の一押しに、
「私はちょっとしたいな。」
と言うと、仕方ないと言うかのように上体を起こした。
今までで一番短い、あっけないハグ。
当然だ、これは友情のハグだから。
けれどもその後にちょっと口角を上げたクロを見て、私の気持ちも少し和らいだ。
しかし夕食時に額に手を当ててため息をつきながら食すのを見た時には、放っておけないという気持ちがまた募った。
そして迷いに迷った挙句、夜部屋に戻った後に彼にメッセージを送ることにした。
「クロは私に何かして欲しいとか思ってないやろうけど、もし必要があれば頼ってね。その相手は私じゃなくてもいいから。これはクロが好きやから言ってるんじゃなくて、同居人として心配してるねん。一人じゃないってこと、忘れんといてね。返事いらんから。」
重くなりすぎないようにふざけたスタンプと共に送信ボタンを押した。
既読はつかないが、その日クロの部屋からは遅くまで物音が聞こえていた。
翌日、朝早く学校に向かう支度をする彼の物音で目が覚めた。
今日の眠りは少し浅かったようだ。
昼前に返事が返ってきた。
「考えないといけないことが重なって、爆発してしまったみたい。申し訳ないけど、今調子が良くないんだ。でもありがとう。俺のことは心配しないで。」
最後に笑顔の絵文字がついていたが、彼の心が笑っていないことは安易に想像できた。
かえって気を遣わせてしまったかな、と少し反省した。
よし、これからは私だけでも明るく過ごしていよう。
きっと彼には時間が必要で、彼なりに少しずつ消化するだろう。
少なくとも私は軽く笑い飛ばせるくらいのエネルギーが今はあるから。
私は私で元気に過ごす。
クロに過剰に干渉したり、心配しない。
そう決めた。
きっと、それが今はお互いの為になる。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。