いつもならすきあらば冗談を言ってくるクロが無言なことで、家には静けさが漂っていた。
これまでを思い出して、彼のありがたさを感じた。
いつもなんだかんだクロから話しかけることがほとんどだったんだ。
毎日が笑顔で溢れていたのは、クロのおかげだったんだ。
くだらない冗談を軽くあしらっていたことを反省した。
ストレスが溜まっているんだろうな、ということも見てとれた。
普段、翌日学校がある日は彼はお酒を飲まない。
それなのに例の同居人が引っ越して来てからは翌日学校でもワインを注いでいた。
日課のアニメは欠かさず見ていたのが救いだった。
一日目は無言で見ていたが、二日目には感想を私に伝えてくれるようになった。
その日は23時頃にもう一人の同居人が外出し、ベランダでクロとその姿を追った。
「ほら、こんな時間に家を出るんだよ。どこに行くかなんて知りたくもない。危ない人だよ。」
と煙を吐きながらクロが心底嫌そうに漏らした。
「このまま一緒に住むことを考えたら、耐えられないよ。俺が出て行くしかない。」
そう言いながら、手元の携帯で賃貸の検索サイトを開いた。
本気で嫌なんだな。
そう思った。
「良いとこすぐ見つかりそうなん?」
「いいや。でも、こままじゃ家中の物を壊してしまいそうだ。」
ピリピリした緊張感が伝わってくる。
これまでにこんなクロは見たことがなかった。
少し怖気付く。
返答によっては彼の機嫌をさらに損ねるんじゃないかと思うと、迂闊に話せなかった。
そもそも、なんて言うべきかも分からなかった。
かける言葉が思いつかない。
それはすなわち、解決策がないということだった。
頷くくらいしか反応のない私に、呆れたように
「もう寝る。」
とクロはリビングを去った。
追いかけるように私もリビングを後にする。
クロは部屋に戻る前にトイレに入った。
せっかく話してくれたのに。
このままじゃだめだ、という気持ちが私を奮い立たせた。
クロがトイレから出てきたら、もう一度話をしよう。
そう決めて部屋の前にあるトイレの扉を睨みつけた。
クロが出てきて、何か言いたそうにこちらを見ている。
私たちはしばらく無言で見つめ合っていた。
「私、諦めへんことにした。まだまだスペイン語完璧じゃなくて分からへんこと多いけど。クロのことは、諦めへんことにした。」
すぐそばにあるクロの顔は、心なしか明るかった。
「なんて言ったか分かった?」
「なんとなく。」
部屋の扉をい閉める前に、クロはもう一度口を開いた。
「友達として、君を置いていきたくはないよ。でも、この嫌な気持ちを我慢したくないんだ。明日大家に家を出たいって言ってみようと思ってる。」
「うん。私は、クロの幸せを願ってるから。クロにとって一番良い選択が、私にとっても最善やから。また大家さん何て言ってたか教えて。」
「わかった。おやすみ。」
そう言って扉を閉めるクロは、なんだか寂しそうに見えた。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。