距離
「綺麗、だなんて。絶対君のこと狙ってるよ。」
そう言うクロは、なんだか目が潤んでいるようにも見えた。
いや、部屋が暗かったので私の思い違いかもしれない。
とにかく、切に訴えるような瞳に、庇護欲が湧いた。
咄嗟に言い訳をしなければならないような気持ちになる。
いや、落ち着け。
別に私は悪いことなんかしていない。
「前、もう友達だからって君は言ってたけど。向こうは絶対そう思ってないよ。君とどうにかなりたいって思ってるよ。」
いや、そんなことはないと思うけど。
まあ、でも確かに最後のメッセージは私から見ても奇妙だった。
一緒に出かける気持ちを削ぐには十分な威力だった。
「向こうがどう思ってるかはわからんけど、確かに変やなとは私も思ったよ。やからもう返事してないし。」
「とにかく、俺たち距離を置いたほうがいいと思うんだ。」
唐突に放たれた言葉に面食らう。
この衝撃は何度目だろうか。
「いや、なんでそうなるん。」
「誰かが君を好きなわけだろ。それなのに一緒に住んでるからって君と仲良くするのは罪悪感があるんだ。自分がされて嫌なことはしたくないんだ。君が逆の立場だったらどう思う?好きな男が、同居人とあまりにも仲良くしてたら。マッサージとか、触れたりとかしてたら。」
「もちろんいい気はせんけど…」
話が飛躍しすぎだ。
そもそも、彼が私を好きだという確証はないし。
というか、私たちの距離感が普通じゃないことは自覚あったんかい。
頭の中で思わずツッコミを入れる。
「もし仮に誰かが私のこと好きやったとしてさ、その人に悪いとかどうのの前にさ。私の気持ちは考えてくれへんの?私の気持ちは無視していいん?」
私がどんな気持ちでクロと一緒に暮らしていると思っているんだろう。
一時的に感情的になって言っているのだとしても、私の気持ちを踏み躙るような言葉に腹が立った。
「私は、クロと一緒に毎日楽しく暮らしたいねん。だからpisoの追加料金も払ったし。」
「俺だって今まで通り楽しく暮らせるならそうしたいよ。でも、君が望むならお互い干渉せずに別々の人生を歩んだっていいよ。」
前にも聞いたようなセリフだ。
今の私には、ただ拗ねて言っているようにしか思えない。
そんなこと、クロ自身も望んでなんかないくせに。
遠回りせずに、言えばいいのに。
他の男のことなんか見ずに、俺だけ見てくれって。
不安にならないくらい俺だけにしてくれてって。
その言葉さえもらえれば、私は喜んでそうするのに。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。