枕
「一週間ちょっとでこれだよ。もしもこの先8か月、何も話し合わずに突然別れがきたら、もっと辛いよ。」
8という数字が咄嗟に放たれたことから、何度も考えたんだろうということが読み取れてまた苦しくなった。
いつから考えていたのだろう。
こんなことを、一人で。
きっと彼にも簡単な決断ではなかっただろうから。
そんな悩みを一人で抱え込んでいたクロを想像したら、また泣けてきた。
私はまだ、その悩みを打ち明けられる対象にすらなれていなかった。
それが悔しくてたまらない。
「私は、何事もなかったようにクロと一緒に住むことなんかできひん。目があえば抱きしめたくなるし、触れたくなってしまう。友達なんか、無理や。」
そう言ってクロを見つめると、何かを訴えたそうな瞳がこちらを向いていた。
今何を考えているのだろう。
私がこんなに泣いてしまうことを、想定していただろうか。
「今は、感情的になってるだろうから。また時間を置いて、何回でも話し合おう。明日でも良いし、一週間後でも良い。君の都合の良いタイミングで。急がないから。」
そう言って、彼は今日は自分の部屋で寝ると告げた。
私の部屋にある彼の枕を取るように言って、私はキッチンに残った。
もう少し頭を整理したい。
しばらくして、眠れる気なんてしないけれど、体を休めようと部屋に戻った。
枕がないベッドが喪失感をまた感じさせる。
ほんの数日前のクロとの会話を思い出した。
彼の部屋移動を手伝っていた時だった。
二人で彼のベッドシーツを敷いていた。
「まあ、ここで眠ることはないけどね。」
悪戯っぽく笑うクロと、
「いや、腹立つことされた日は私のベッドから追い出すから。その時はここで寝なあかんで。」
なんて冗談を言い合った。
こんなにあっけなく彼が自分のベッドを使う日が来てしまうなんて。
あの日冗談を言いながらも、決して本気ではなかった。
喧嘩をしたって一緒に寝れば仲直りができるだろう、くらいにむしろ考えていたのだ。
二人で眠ることを想定されていないベッドはクロと寝るには窮屈で。
私よりも体の大きいクロが半数以上を占めるから、必然的に私のスペースはほんの少し。
寝返りが打ちにくくて、安眠できないなと思いながらも、いつもあっという間に眠りに落ちていた。
きっとその窮屈さすら私の心を落ち着かせるものだったのだ。
クロがいなくなったベッドに横になると、十分過ぎるスペースに戸惑う。
寝返りだって好きなだけ打てて、快適なはずなのに。
それなのに、ちっとも眠たくならない。
ちっとも落ち着かない。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。