建前
本音と建前
日本の文化というか習性として世界に浸透しているものだと思う。
実際にその言葉自体は知らなくても、外から見た日本人のイメージを上げてもらうと
「周りを尊重する文化」
「直接的な表現をしない」
といったような答えが返って来る確率は高い。
別の言い方をすれば
「自己主張が苦手で周りに流されがち」
「本心で何を考えているのかが分からない」
といったネガティブな印象にもなりうる。
視点を変えて、日本人から見た海外の人たちのイメージはどうだろうか。
そもそも外国人、と一口にいっても世界には無数に国がある。
それでも、大多数の日本人がアメリカやヨーロッパの人たちを想像するのではないだろうか。
そして、それらの人々に抱くイメージは大方
「明るく陽気」
「物言いがはっきりしている」
といった先ほど挙げた日本人のイメージとされているものとは真反対のものだったりする。
確かに、十数カ国を旅行した経験から言うとやはり日本人は控えめな人が多いようには思う。
個人個人を見れば、もちろん世界中どこにでも陽気な人や引っ込み思案な人もいる。
ただ、全体をボヤッと捉えた時の総評で言うとやはり控えめだと思う。
もちろん、私は日本人として20年以上日本で過ごし、いろんな日本人と関わりを持ってきた。
特に大阪を拠点にしていたので、陽気な人なんかいくらでも知っている。
しかし、日本人のイメージとして世界に浸透しているイメージというものは、他の国と比較するとやはりあながち間違っていないように思える。
その理由としては、おそらく他者の尊重の仕方に違いがあるのだと思う。
日本では、周りを見ながらみんなと足並みを揃えつつ前に進むような習性があるように思える。
誰かに直接言われたりしなくても、自ら周りの反応や様子を伺い周囲に馴染むように自分を合わせていく。
それゆえに、“察する“能力が求められる。
一方、いわゆるイメージされる海外の人たち(あえて一括りにしている)は、直接的な表現が多いイメージがないだろうか。
私は好きじゃないけれど、君が好きならいいんじゃない。
そうズバッとありのままの感想を伝える。
そんな海外には日本のような本音と建前なんてなさそうである。
スペインでは、si quieresという表現を頻繁に耳にする。
直訳すると、もし君が望むなら、もしそうしたいなら、といったような意味になる。
このフレーズをどんな時に耳にするかというと、例えば何かの提案をされた時。
「今度飲みに行かない?もし君がそうしたければ。」
こんな感じである。
あまりにも何度も同じようなシチュエーションで聞くことが多いので、スペイン人はみんな相手に委ねたがるなあ、と思っていた。
私の体感としては、
「こちらとしてはめちゃめちゃ行きたい、というほどではないけれど。まあ、そっちがそうしたいのならいいよ。」
といったようなニュアンスで伝わっていた。
なので、そう言われる度あえて反発したくなるあまのじゃく心が刺激される。
つい先日、買い物に行くから何か欲しいものはあるかとクロに尋ねた時にもそやつは登場した。
「ゴミ袋と、いつものピザ。あと、ハムもsi quieres。」
今回も、私は言葉通りに受け取った。
クロのことだから、本当に欲しいのならわざわざ遠回りな表現はしないだろう。
私は別に今はハムはいらないし。
今回は他にも買うものが多くて荷物パンパンだし。
まあ、買わないでおこう。
そして帰宅後。
買い物袋にハムがないことを確認したクロが
「ハムは?」
と不思議そうに聞いてきた。
「え、いや。si quieres言うてたから。私は欲しくないし、他の荷物でめっちゃ重かったし。買ってない。え、欲しかったん?」
あからさまに肩を落としているので今度はこちらが驚いた。
「si quieresは欲しいってことだよ〜!た・て・ま・え!」
ええ。
知らんがな。
はからずしも、建前の難しさを学ぶことができた一日だった。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。