虚無
なんとか震えを抑えて、絞り出すように言葉を紡いだ。
「私は、そんなことできひん。何事もなかったように、これからクロに笑える気がせえへん。できることなら、もう明日から顔も見たくない。そうでもせな、気持ちは整理できひん。顔を合わせて、平気でおられへんに決まってるから。」
「もちろん、簡単じゃないことは分かってるよ。この後すぐにとか、そんなことを言うつもりはない。君の気持ちの整理ができたらでいい。急がないから。」
聞い覚えのある言葉、急がない。
クロはいつもそう言う。
自分の動揺に反してあまりに落ち着いて見えるクロが、気に入らない。
私ばっかり、いつも急いで空回り。
急かされたことなんてないのに。
自分だけ。
また私ばっかりの一方通行だったのかな。
「ここ最近の態度、例えばハグしたりとか。クロは、友達にもそう言うことするんかも知らんけど。私は違う。私は友達に料理作ってあげたり、ハグしたり、触ったりせえへん。」
「俺も、他の女友達にはそんなことしないよ。君が特別だから。それに、君も拒む素振りがなかったから。してもいいんだって思ってたけど…違うみたいだね。」
特別だなんて言われても、ちっとも嬉しくなかった。
だって、この特別の上にはもっと違うとびきりがある。
何にもなれない特別なんて、今の私には意味がない。
かえって苦しいだけだ。
「でも、恋人になる気はないんやろ?私からしたら、都合の良い女として扱われてるんかなって思う。」
「都合のいい女?そんなわけない。本当に君を粗末に扱うなら、本当の意味で手を出してるよ。でもそれはしてないだろ?キスだって、一緒に寝ることだって。」
「そういう問題じゃない。キスしてなくても、十分私の感情が動いてるねん。もしそれを分かってやってたなら、もてあそんでるって思ってまうよ。」
少しずつ悲しみの中に怒りが混ざり始める。
声を震わさて話す私。
向かいにいるクロは信じられない、という顔をしていて。
見たところ、本当に自覚がないのだろう。
それを天然でやっていたのなら、私にとっては余計タチが悪いけれど。
「とりあえず、分かった。ちょっと整理する。時間くれてありがとう。」
ぶっきらぼうにそう言って、自分の部屋に戻った。
頭を冷やす時間が必要だった。
当てつけるように音を立てて扉を閉めて、作り置きのご飯に手をつける。
悲しい。
こうなったのははじめてじゃないから。
何度繰り返しても結果は変わらない。
そう突きつけられたようで、虚しい。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。