大阪人がスペインで愛を得る旅

ワーキングホリデービザでスペインの南の方に住んでいます。

悪循環

 

 

頭の中で嫌な想像ばかりしてしまって、自然に私の顔から笑顔が消えた。

 

クロはそんな私に気づいて、不安そうに顔を覗き込んでくる。

そんな優しさすら私の悲しみを増幅させて。

もういっそのこと冷たくしてくれればいいのに。

 

 

実はここ最近も時折寂しい感情に飲み込まれてしまうことがあった。

その理由はきっと全部クロとのことが原因だ。

今どれだけ近くで過ごしても、クロの描く将来に私がいないのかもしれないって。

そんなことが頭をよぎるのをやめられない。

私の表情が暗くなるたびにクロは優しく抱きしめてくれたけど、それすら切なかった。

 

スイッチが入ってしまった思考は簡単には切り替えられない。

目の前で明るい顔になるのを待っているクロの期待に今は応えられそうにない。

反応が悪い私を見て、クロの機嫌まで損ねてしまう始末だ。

 

決まってその後はギスギスした空気が二人の間に流れる。

 

だから、拗ねたってどうにもならないのに。

悲しい顔なんか見せる必要ない。

自分の中にだけ隠しておいて、笑って過ごせばいいのに。

十分楽しい毎日を過ごせるはずだ。

なんでこんなに心がいうことを聞かないんだろう。

 

これまであんなに近くに感じていた体温が、ふとした瞬間遠い存在に思える。

 

離れてしまった途端に気づく。

彼は私のものではないんだと。

いつかはこうして離れていく存在なんだ。

ずっと考えないようにしていたけれど。

 

目を背けられない現実が立ちはだかる。

これまで私はどうやってこの悲しみを忘れていられたのだろう。

きっとどこかで幸せな未来が待っているだなんて。

どうして信じられたのだろう。

 

 

元同居人の女の子にも事情を説明して、相談に乗ってもらった。

 

クロは無自覚かもしれないけれど、明らかにその態度は女友達への程度を超えているだろうこと。

そして、その状態は危険だということ。

改めて客観的な意見をもらうと、途端に焦りが生まれる。

 

このまま私ばっかり好きを加速させても、クロには痛くも痒くもない。

いつでも好きな時に触れられて、可愛がって。

キスをしないからとか、そういうことではない。

もうこの状態だけでも、私は沼にずぶずぶとハマってしまっている。

実りがない想いなら、先に待っているのは悲痛だけだ。

自分の心のために、離れないと。

 

「焦る必要はないけど、明確なボーダーラインを決めて、少しずつ距離を取った方がいい。自分のペースで。いつか本当に大丈夫になった時に友達になればいいから。今は少しずつ、距離を取った付き合い方を探すのはどうかな。」

 

彼女の忠告は理にかなっていた。

そして、私はもう一つ彼女に助言をもらった。

 

私がクロと話し合いをする時の不安点。

自分のスペイン語力に自信がなくて言い淀んでしまったり、気持ちを言い表せずに飲み込んでしまうこと。

でもそれじゃだめだ。

飲み込んだ言葉いつまでも私の中でモヤモヤと大きくなって、私をいつまでも苦しめる。

 

私の気持ちをちゃんと、クロに伝わるように伝えたい。

そのために、彼女は言葉を選ぶことを手伝うと言ってくれた。

まずは日本語でまとめた言葉を自分なりにまとめて。

日本の友達にも見てもらって。

それを彼女にスペイン語に訳した状態で違和感がないか見てもらう。

大事なのは、感情的になすぎずに冷静に話すこと。

 

誰かに気持ちを伝えために、ここまで過程を踏んだのは初めてなような気がした。

 

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

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結局

 

薄々気づいていた。

 

目の前に立ちはだかるモノ。

出くわす度に巧妙に避けて通って来たつもりだった。

けれど、この先へ進むにはいつか対峙しなければならないのだと。

 

ここ最近の平和な空気に少し絆されていたのかもしれない。

いや、自らその空気に身を隠していたのか。

 

結局のところ、明るく振る舞っていても、私の中の黒い影は完全には消えていなかったのだ。

 

キッチンで料理をしている時に、

「そういえば、」

とクロがおもむろに口を開いた。

「前の同居人の女の子に、俺たちのこと話したよ。」

特に何か意味を含んだ様子はなく、あくまで報告、という感じだった。

 

新しい同居人が引っ越してきてクロの頭の中がパンクしそうになった時に、彼女にも事情を話して相談していたのだとクロは話した。

その一環で、私たちのことも話題にしたと。

 

「彼女はなんて言ってた?」

「思った通りだって言ってたよ。俺が引っ越した初日から恋人になるんじゃないかって思ってたって。でも結局そうはならなくて。彼女の母親も俺らはなんかあると思っていたらしいけど、あくまで友達だと話したって。」

友達、という言葉が引っかかった。

私たちは、本当に友達なのだろうか。

 

クロはそれだけ言うとあっけなく会話を切り上げたので、気になった私は彼女に連絡してみることにした。

今は日本にいる彼女にメッセージを送る。

「クロから聞いたんやけど、なんて話したん?」

「数日だけ恋人のような関係を試してみたけど、やっぱり恋人は今は欲しくないって言ってた。そんなに深くそのことについては話してないよ。」

さっき感じた違和感が、さらに大きくなる。

「予想はできてたけど、いざ直接話を聞いて、災難だなと思ったよ。」

と彼女は続けた。

「災難?」

「クロはまだ、恋愛におけるリレーションシップを築く段階にいないのが分かってたから。まだ自分の将来についても迷っていて、成熟しきっていないから。恋人を作る準備が整っているようには見えなかったし。実際、男子ってそういう人多いよね。いざ責任が伴うとまだ心の準備が…とか言ってさ。」

よくある話だ。

このテのことは全世界共通なのか。

 

私が返信を打とうとしたら、いつの間にか部屋に入って来ていたクロが私の携帯を覗き込む。

あっさりと携帯を奪われ必死に取り返そうとするも、敵わない。

 

私と彼女のやりとりを見たクロは、分かりやすくヘソを曲げた。

「俺が本当に未熟だったら、君と話し合おうとなんかしなかったよ。そのまま君を弄ぶのが本当に最低な男だろう?」

納得がいかない、というような顔をしつつも

「君が望むのなら、何度でも話し合えるよ。なんせ一緒に住んでいるんだし。」

そう言って部屋を後にした。

 

そんなこと言って、結末は分かりきっている。

クロがなんて言うのかなんて想像できている。

私が何を言ったって、彼を変えることはできないんだ。

 

今の私には、何もかもが悲観的にしか考えられなかった。

 

 

 

 

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悲しいアタック

 

最近クロは、私のことをポケモンと言う。

 

そして、私が落ち込んだり悲しい顔をするたびに

「悲しいアタックだ!」

と言って私を笑わせる。

 

そして出かけた帰りに食べ物を買ってきては

「ハッピーになった?」

と聞いてくる。

「君にはハッピーでいてほしい。」

と言う。

 

悔しくも簡単に一喜一憂する私は、ポケモンだと言われても仕方ない。

 

 

「大学を辞めてお金が浮いたから、脱毛を予約したんだ。」

昼ごはんの時に、クロは言った。

 

彼は体毛が濃いのが気に入らず、今も自分で剃っている。

しかし肌が弱くカミソリ負けをするので、それを鑑みてもエステに行くほうが良いと考えたのだろう。

彼の考えには賛成だ。

実際私も脱毛に通ってから自己処理がかなり楽になった。

それに、肌が荒れてしまうのは誰でも避けたいだろう。

 

「そのうち、ほくろも取りたいと思っているんだ。それと、鼻も。俺の鼻は骨がしっかりしすぎていて、視界を妨げるし。もうちょっと控えめな鼻がいいんだ。日本での施術を調べたら、スペインに比べてかなり安くてさ。もちろん質も良いだろうから、最高だよ。」

次々と発せられる予想外の言葉に戸惑いを隠せない。

思わず困惑の表情を見せてしまう。

 

ほくろも鼻も、私には気にならない。

むしろ、素敵だと思う。

 

しかし、コンプレックスというのは周りの意見が重要なのではない。

本人が納得しなければ、一生付き纏うものだろう。

自分がもっと自信を持つために整形をする、そんな人が増えている。

それに反対するつもりはない。

 

ただ、正直驚いた。

そこまで真剣に考えていたなんて。

そして、

「正直ちょっと怖い…。」

「なんで当の本人より君が怖がってるんだよ。」

クロの言う通りだ。

なんで私がこんな感情になっているのだろう。

「私は、素敵やと思う。もちろん、自分がどう感じるかやから、止めはせんけど。私はクロのことが好きやから。そのクロがちょっとでも少なくなることが怖いんかもしらん。」

心なしか、クロが難しい顔をしたように思えた。

 

ここ最近私たちの距離はまた縮まったように思っていたけれど。

私が好意を言語化するたびに、クロは複雑な反応を見せる。

私がクロを好きでいることは、求められていない。

そう肌で感じた。

 

 

 

 

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プラン

 

「2年間日本語を独学で勉強して、ワーホリビザで日本に行く。そこで、特定技能ビザの試験を受ける。そしてその前に、来年観光ビザで日本に行こうと思う。君はどう思う?」

 

クロにそう聞かれたけれど、どの立場で答えれば良いのか分からなかった。

私の感情を交えて答えるべきではないような気がして。

 

「クロの人生やし、クロが納得いくなら良いと思う。」

実際、プラン自体に異議はなかった。

ただ、その未来予想図に私が登場するのかだけが気になった。

 

「日本語はどうやって勉強するん?」

 

コンサルタントに話を聞いて、新たな可能性を見つけたクロはあっさりと学校を辞めた。

あれほど頭を抱えていた日々が嘘のように、一瞬の出来事だった。

 

「君と、勉強する。」

「でも私は2年もスペインにおらへんよ。私がおらんくなった後はどうするん?」

「あ、ほんとだ。」

今気づいた、みたいな言い方をしてたけどそれすら引っかかった。

そこまで具体的に計画しておいて、気づかなかったわけがない。

いや、やめよう。

探り合いのような、意味のない駆け引きは疲れるだけだ。

 

落ち着こうとした気持ちは簡単に揺さぶられた。

「今、名古屋を見てるんだ。」

「名古屋?」

この間まで、私の地元を見て住みたいとか言ってたのに。

大阪住みたいと何度も言っていたくせに。

もちろん、あれが本気だったとは思っていないけれど。

なんで急に。

気持ちを押し殺すように

「いいんちゃう。」

と言ったけれど。

そんな私の本心を見透かしたように

「…だけど?」

としまい込んだ気持ちを掘り起こそうとする。

 

「私がおらん将来像は、好きじゃない。」

その瞬間、居心地の悪い空気が流れる。

ああ。

また間違えた。

なんでいっつも。

正しくない方ばかり選んでしまうんだ。

これじゃ、重たい女だ。

 

実際そうか。

きっと寂しかったんだ。

一緒に暮らして、こんなに近くにいると思っていたのに。

彼の将来設計には携われなくて。

二人の距離は思っていたよりも遥か遠いと思い知らされたことが。

 

こんな風に考えてしまうのも、全部生理のせいだ。

そういうことにしたい。

 

こんな自分は好きじゃない。

重くて、暗くて、ドロドロしている。

自分でも好きじゃないのに、周りに受け入れられるはずがない。

そんなことも分かっている。

全部が悪循環だ。

 

やっぱり、離れるべきだ。

強制的に、他のことを考えるように自分を仕向けよう。

クロのことを考える時間を無くすんだ。

これ以上、自分を嫌いになる前に。

 

 

 

 

 

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カレー

 

キーマカレーにハマっていた。

 

以前、挽肉が余った時に見つけたレシピだ。

汁気がないので保存にも向いていて、何より簡単に美味しくできた。

 

「今日、私カレー作るわ。」

クロにそう言うと、

「じゃあ俺の分も挽肉焼いてよ。工程の途中で分けてくれればいいから。俺は日が通りさえすればいいからさ。そのままご飯に乗せて食べるから。」

と言われる。

別に、いいけど…。

「じゃあ、俺シャワー浴びてくるから。」

え?

それって、自分がシャワー浴びてる間に私が料理するから、自分はシャワー終わったらすぐご飯食べれるってこと?

「挽肉とお米は買ってきてあるから。」

 

食材を使わせてくれることはありがたい。

調理手順が途中まで同じなのだから、理論上は確かに私に負荷はない。

けれど、モヤッとしてしまうのは私の心が狭いのだろうか。

 

いや。深く考えないでおこう。

見返りを求めるから悲しくなるんだ。

無償に与えれば、いつか良いことが起こると考えよう。

 

気分を上げるために好きな音楽を聞いて、料理を始めた。

 

クロがシャワーから出てきた時には、まだ全ての工程は終わっていなかった。

一度に大量のお米を炊いたのでまだ炊き上がっていない。

 

「遅い!」

それを見たクロから発せられた言葉に、また私の機嫌は悪くなる。

ふざけて言っているということは分かっている。

 

モヤモヤしていたら、ちょうど友人から電話がかかってきた。

他のことに集中することで、さっきまでの負の感情は消えた。

そして、電話中にちょっかいをかけてくるクロを見ていたら、またどうでも良くなった。

 

先に食べ終えたクロが私の分もお皿を下げてくれたので、少し遅れてキッチンに向かう。

すると、早速洗い物をしてくれていた。

 

「私の分まで。ありがとう!」

「大したことないよ。洗い物は一瞬だ。君は料理をしてくれた。そっちのほうが大変なことだよ。」

「どっちがどうとかないよ。ありがとう。」

 

やっぱりクロも、クロなりに考えている。

表面上の出来事ばかりにとらわれてはダメだ。

 

 

 

 

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道筋

 

クロがリビングでテレビを見ている時、これまでは興味がなくても一緒に見ることが多かった。

少しでも一緒にいたくて。

 

けれど、ここ最近はモヤモヤする感情に落とし前をつけようと。

これまでと違う行動を意識的にとっている。

 

興味のない内容の時や、気が向かない時は自分の部屋に戻る。

さして特別なことでもないのだが、それだけ以前の私が盲目だったということだ。

 

部屋に戻って携帯をいじっていると、しばらくしてクロが部屋にやってきた。

私の様子を見て、構ってくる。

 

「なんや。寂しかったん?」

にやけそうになるのを我慢してそう言うと、

「寂しいってなに。」

と尋ねてくる。

愛しさのあまり顎を撫でながら説明してやると、目を細めながら素直に頷く。

こんな簡単なことで嬉しくなるなんて。

私はまだまだ盲目だ。

 

 

「ずっと見ているYouTuberにコンサルタントをしてもらうことにした。俺の経歴でも日本に行くことができる方法があるのか教えてもらうんだ。もしかすると、気の進まない学校に通わなくて済むかもしれない。」

驚きと、歓喜だった。

クロが、動いた。

いやいや学校に通わないといけないと嘆いていた彼が。

私が言った時は聞かなかったけれど。

周りを説得するためにも、信憑性もプロの方が確実だ。

そこに邪な感情はない。

素直に、物事が前進する兆しが嬉しかった。

 

そのYouTuberはスペイン人で、長年の日本在住経験を活かし、日本に行きたいスペイン人に対してコンサルのようなことをやっているのだという。

知りたいことを全て質問するのだと意気込む彼の目には、希望が見えた。

 

 

あくる日、コンサルを終えたクロと一緒に、とある資料を見た。

それは、コンサルタントの内容をまとめて送られたもので、簡単に言うと日本に滞在する方法が

記されてあった。

複数のオプションと、それぞれにかかる費用の概算や具体的な計画の例など。

私から見ても、実に充実した内容だった。

 

そこには一番のおすすめは結婚だと記載されていた。

「やっぱり結婚が一番簡単だよね。それは分かってるんだ。」

 

読み進めていくと、現実味のある選択肢が出てきた。

それは特定技能ビザというもので、私も存在を知らなかった。

調べてみると2019年に始まったらしいので、かなり新しいものだ。

 

ざっくり説明すると、特定分野の技術力を証明し、日本の会社に就職が決まれば5年間滞在が許可されるというものだ。

また、その年数は更新が可能なため実質永住できる可能性を含んでいる。

 

クロはレストランでキッチンとして働いていた経験があり、外食業分野に該当した。

試験をパスする必要があるが、例題や参考書なども公式が用意している。

全て日本語のため日本語能力が必要となるが、漢字には全てふりがながふられている。

私には、応募者をふるい落とそうとする意思は感じられなかった。

むしろ、かなりの需要があるのだろう。

例題を見る限り内容も特殊なものは少なく、日本語が理解できれば難なく通過できそうだった。

 

これは、かなり可能性が高い。

「日本語の能力を磨けば、合格は難しくない。」

クロにも、しっくりきたようだ。

 

「日本語の勉強に集中して、このビザで日本に行く。」

力強く、そう言った。

 

 

 

 

 

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間違い

 

「日本人の妻は、結婚した後に旦那以外の男と浮気をするって本当?」

「誰がそんなこと言ったん。」

 

クロが熱心に見ている日本在住のスペイン人のYouTuberがいる。

日本に住んで10年近い彼が、日本のあれこれを動画で話しているのだ。

その一環で、先ほどの話題が出たらしい。

 

動画で、何人もの日本人妻が秘密で不倫をしていると言っていたらしい。

そして、その相手として外国人が選ばれやすいと。

後腐れなくその瞬間を楽しめるからだとか。

 

確かに、そういう人も中にはいるだろう。

けれど、なんだか自分自身のことも批判されているような気持ちになってしまって居心地が悪い。

 

「君もそうなの?」

興味深そうに私に尋ねてくる彼の顔には、不純な動機は見当たらない。

単純に好奇心で聞いているようだ。

 

「私はそもそも体の関係に興味津々な人間じゃないから。そう言う人らもいるやろうけど、全員じゃないよ。」

「でも動画で言ってたよ。」

相変わらず頑固なところがある。

反論したい気持ちが湧き上がってくるが、ふと冷静になる。

 

そもそも私にそんな資格ある?

私が不倫したとして、クロに関係ある?

どんどん思考が悪い方向に傾く。

 

「クロはさ、私の話一回もちゃんと聞いてくれたことないよな。いつも私の話聞かへん。」

吐き捨てるように言ってから、すぐに気づいた。

言葉選びを間違えた。

「一回も?本気で言ってるの?」

クロの表情が歪んでいく。

 

つい口から出た言葉だ。

本気で言ったんじゃない。

 

クロを傷つけてしまった。

私の感情は急降下する。

着地点は悲しみだ。

 

「ごめん。」

クロの顔を見て、もう一度言う。

「ごめん。本気で言ったんじゃない。言葉選びを、間違えた。」

 

丸めた紙くずを、クロが私に投げつける。

「え?」

「今怒りをぶつけた。これでもうさっきのことは許したよ。」

「…ありがとう。」

「人は誰でも間違うよ。」

 

そう言って、今度は笑顔を見せてくれた。

 

「あ、ちょっとトイレ。」

「どうした?大丈夫?」

「いや、生理始まったかも。」

「ああ。だから怒ったりしてたんだね。」

一人でクロが納得した様子で頷いている。

 

確かにそうかも。

生理前なのもあって、私の情緒は不安定だったのかもしれない。

 

その後、ごめんの気持ちを込めてマッサージをしてあげた。

ソファに腰掛けてアニメを見るとき、クロは私の膝に足を乗せてくる。

その足を丁寧にほぐしてあげた。

 

自分でもその行動が信じられなくて笑ってしまう。

そもそもマッサージが得意な方でもないし。

頼まれてもしたくない、とこれまでの人生では積極的ではなかった。

そんな私が自らすすんでマッサージしたいだなんて。

 

確かに存在する、この気持ちがなんだかこそばゆくて。

そしてあたたかい気持ちになった。

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

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