大阪人がスペインで愛を得る旅

ワーキングホリデービザでスペインの南の方に住んでいます。

甘え上手

 

それからたまに拗ねたり機嫌を取り合ったりしながら、日々を過ごした。

 

前と変わらず食材を分け合って。

たまに二人分作ったり、宅配でハンバーガーを一緒に注文したり。

アニメは相変わらず日課だ。

 

クロからハグをしてくることは無くなったが、スキンシップがゼロになったわけではなかった。

出会った当初に自分で言っていた通り、人とじゃれ合うのが好きなのだろう。

ムカつくこともあるけれどどこか憎めない、甘え上手なタイプだ。

どちらかと言うと私とは正反対。

私はクロみたいに甘え上手になりたい。

そう思うこともある。

 

ある時、ソファで特に意味もなく携帯をいじっていると、クロが隣にやってきた。

私は右側に座っていたので、右の肘掛けに腰をかけるようにして私に体重をかけてくる。

まさにこういうところが、彼らしい。

 

クロはおもむろに自身の携帯画面を見せてきた。

内容は友人とのチャットのやり取り。

 

「君とのことを話したんだ。」

そう言いながら、なぜか誇らしげだ。

ちらっと見えた画面には、大阪の女の子、というワードがあり、それが自分を指すのだと気づいた。

 

彼女抜きではここでの生活は語れない、みたいなことを書いてあった気がする。

まじまじ見れなかったので定かではないが。

愛、人間という単語も見えたので人として敬愛しているというようなことも書いてあったかもしれない。

 

ことの成り行きとしては、日本人と住んでいるなら彼女に日本語を教えてもらいなよ、という友人のメッセージからこのような会話に派生したのだそうだ。

 

はじめは突然なぜこの話になったのか意図が見えず少し困惑もしたけれど。

なぜか嬉しそうに目を細めて私の頭を撫でるクロが幸せそうだったので、私も満更でもなかった。

 

超絶ポジティブシンキングするのなら、君は特別だよってことを伝えたかったのだろうか?

 

そういや、クロはスキンシップが多いタイプではあるけれど、私以外にもそうなのだろうか?

前に一緒に住んでいた女の子には、少なくともクロ自ら触れているところは見たことがない。

スペイン人はそもそも日本人より一般的に距離感が近いので、女の子からクロに近づくことはあった。

けれど、それに対してもむしろそっけない態度だったような気がする。

 

急に都合の良い思考回路が回り始める。

 

もしかして、私って特別だったのかな。

こうやって向こうから触れてくるのも、目を細めて優しく笑う姿を見せるのも。

私にだけだったらいい。

 

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

で会話をしています。

冗談

 

 

「オンラインレッスンを受けることにした!」

嬉しそうにクロがそう報告してくれた。

 

以前コンサルタントを頼んだ相手が日本語の講師もしているらしく、それを受講するのだそうだ。

一般的な日本語能力試験に沿った内容が基本だが、クロが取得を目指す特定技能の対策講義も必要であれば作ってもらえるそうだ。

学校を辞めて時間があるクロは、一日の勉強時間を増やすことで一般的に必要とされている期間よりも早く授業を終えることができる。

そのレッスンは動画とWebページで構成されているため、自分のペースで進めることができる。

クロの求める勉強スタイルに最適だったというわけだ。

 

着実に前に進んでいるクロが誇らしく、素直に嬉しかった。

けれど同時に、私にも頼ってほしいというエゴが心の奥底で顔を出した。

私も、自分の足で立てるようにならないと。

 

 

キッチンで料理をしながら、クロが日本語を話している。

「君はめんどくさい女だけど〜、優しい心を持ってる。毎日スペイン語助けてって、もうしんどい。勉強するなら、あの男の人はちょうど良いよね。クロは君のお父さんじゃないけど〜、まあ、頑張って。」

いや、流石にひどくないか?

 

あの男の人、というのは先日私にメッセージを送ってきた人のことだ。

メッセージを見て以来、クロの態度がおかしい。

そっけない。

 

しかしそれよりも。

私のことをそんな風に思っていたなんて。

最近の悲観的モードが輪をかけて、普通に悲しくなる。

 

表情を曇らせる私に気づいたクロが、

「冗談だよ〜!」

なんて言っているが、そうは思えない。

微塵も思っていないことは咄嗟に出てこないだろう。

自覚していなかったとしても、潜在的にそういう気持ちがあるのだろうと考えてしまう。

 

とにかくクロと一緒に痛くなくて、自室にこもって食事を摂った。

 

しばらくすると、私の機嫌を取るためかクロも部屋にやってきた。

 

私が怒ったりすると、こうして様子を見に来ることがこれまでにも多々あった。

毎回時間が経てば気分も落ち着くので特に引きずることはなかったが、今回は相手をする気になれない。

私の気を引こうとしているように見えて、尚更腹が立った。

いや、怒っていると言うより、呆れているのかもしれない。

 

怒ってる?と私の表情を探るように見てくるクロを、冷たい態度であしらった。

喧嘩をしたいわけじゃない。

 

しばらくそんな態度をとっていると、今はそっとしておくほうが良いと思ったのかようやくクロが部屋を去る。

クロがいた場所にメモが残されていた。

 

「ごめん。くろはやばいひと。くろのづょだんはまずい。くろがんばります。それだから、しあわせしよう!」

 

まだ平仮名を覚えたばかりで、ぎこちない言葉たち。

それがかえって健気に見えて、さっきまでの不機嫌はどこかに行ってしまった。

 

ああ、単純だなあ、私。

こんなに簡単に機嫌をとられるなんて。

 

でも、そうやって一喜一憂してしまう自分も、何だか嫌いになれなかった。

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

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連絡

 

 

いつの間にか夢について語り合っていたクロと私。

気づけば、また二人で笑い合っていた。

 

不思議だ。

離れているよりも、こうして笑い合っている方が心地良い。

友達だとか、恋人だとか、肩書きに縛られていたけれど。

そのどちらに当てはまらない関係があっても良いのかもしれない。

もちろん、私が傷つくような関係や我慢はしない。

 

クロにフラれた?というのに、むしろ晴れやかな気持ちで眠りについた。

 

 

次の日朝起きると、これまでと変わらないクロの笑顔が私を出迎えてくれた。

 

家に必要なものがあって、一緒に買い物に行くことになった。

スーパーの売り物でふざける私を見て、

「やめろ、可愛い」

とくしゃっと笑うクロ。

 

なるほど、可愛いは言うんだな。

私は、クロとの境界線を探していた。

 

「あ、まつ毛ついてる。」

思わずクロの顔に触れそうになり、はっと手を戻す。

それに気づいて、

「いいよ。俺は触られても平気だから。いつでもどこでも、好きに触っていいよ。」

と言われる。

 

なるほど、触るのもOK。

 

 

買い物をしていると、携帯の通知が鳴った。

とある男の人からだった。

 

彼とは3ヶ月ほど前に何度か会っていた。

言語交換アプリで出会い、食事に行ったのが始まり。

携帯や郵便局で問題があったときにも助けてもらった。

何度か会ううちに好意を寄せてくれたものの、私はそれに応えられず結局疎遠になっていた。

友達でいよう、と言ったきり向こうの態度がそっけなくなったのだ。

当然の反応なので特に気にしていなかったが、唐突に連絡が来たので驚いた。

 

メッセージの内容は、久しぶりに近況を知りたいからご飯にでも行かないか、というものだった。

 

クロにのめり込まないために、他の人とも会うべきだろうか。

タイミングも相まって、そう考えていたら、横にいたクロにも画面が見えたようだ。

何か言いたげに顔をしかめたけれど、特に何も言わなかった。

自分に口を出す権利はないと思ったのだろうか。

 

メッセージを売れた彼と異性として関係を深めたいとか、そんなことは考えていなかった。

ただ、外の世界を見た方が良いのかなという思い。

それと、以前彼の友達のお店で働かせてもらえるという話が出たので、それに興味があった。

気乗りはしないが、思い腰を上げなればならないのかな、というのが私の考えだった。

ひとまず簡単に返事をして、自分からは積極的に動かないようにした。

 

 

買い物を終えて、

「ご飯でも食べてく?」

とクロが提案した。

 

二人で外食するのはなんだかんだ初めてだった。

普段は家で食べることがほとんどだからだ。

 

クロとお出かけして、一緒に外でご飯を食べる。

それは、ずっと夢見ていたことだ。

こんな形で、あっけなく叶うなんて。

 

メニューが豊富だけれど安くて美味しくて、私もお気に入りのお店。

水よりもビールが安いので昼間から二人でビールを注文する贅沢を味わった。

 

たわいもない話をしながら、クロがふと

「左手、いっつもそうなってるよね。」

と言い自分の左手に注目する。

食べ物を運ばない利き手の反対側は、手持ち無沙汰ゆえか指を曲げて不思議な形で固まっていた。

自分のことなのに、知らなかった。

「食べるとき、いっつもそうなってるよ。」

とクロは言う。

 

私が知らないところで、私を見ていたクロがいることが何だか嬉しかった。

 

 

 

 

 

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幸せになる夢

 

 

クロと話しながら、私は自分がクロに頼ってしまっていたことに気づいた。

 

私は、誰かに求められたかったのかもしれない。

求められることで、自分の存在意義を見出していたのだ。

だからこそ、相手に縋るようになり、相手の機嫌を伺うばかりになってしまっていたのだ。

 

そしてその全ての根源は、自分自身を認められていないから。

自分自身を愛せていないから。

自分を愛せなければ、他人を愛する方法も分からない。

クロもそう言っていた。

 

「クロは、自分の愛し方をもう知ってるん?」

「うん。そして自分自身の満たし方もね。」

 

それから、クロは彼なりの方法を教えてくれた。

 

「例えば俺は、夜寝る前に毎日自分が日本に住んでいるところを想像するんだ。つまり、自分の理想を思い描いて幸せな眠りにつくんだ。そして、朝起きた時もそうだよ。朝イチで自分の夢の姿を想像すると、笑顔で一日を始められる。そして、自分の理想に近づく事だけを日々選んで行動に移すんだ。そうすれば、自分を満たすこともできる。自分が望むことだけを選ぶ。人生は短いからね。」

 

なるほど。

クロは本気なんだ。

もちろん疑ったことはないが、改めてその度合いを思い知らされた。

 

つまり、その夢の実現のために私は必要でない要素だったんだ、と私のネガティブ思考が妄想を始めたので、蓋をする。

 

言葉にすると簡単かつ明瞭なことだ。

自分の夢につながる道を進んでいく。

 

私の夢って、何だっけ。

 

今でも覚えている。

小学生の頃に、自分の夢について書く作文があった。

小学一年生らしく、サッカー選手やアイドル、なんかが並ぶ中。

私は幸せなお嫁さんになりたいと書いた。

書いた時の記憶まで残っている。

歌手になりたいと心では思っているのに、どうせ無理だろうと頭の中で声が響く。

とうとう、自分で自分を否定して、差し障りのないお嫁さんと書いたのだ。

 

考えてみると、幼い頃から自分を否定するような悪癖があったかもしれない。

現実的に、普通に考えて、そんな大人たちの物差しを素直に受け止めて、やりもせずに自分の可能性を自分で潰してしまっていたのだろうか。

 

「幸せになるって、いいじゃん。単純だけど、真理だよ。」

クロは肩を落とす私にそう言った。

「何十億稼いで、とか大きな夢を描く人もいるけど、どんな夢でもいいんだよ。俺は、日本で花火大会に行って、花火を見る。たこ焼きを食べる。そんなことでいいんだ。簡単に思えるかもしれないけど、それができたらとびきり幸せなんだ。そして、いつか家族ができて。そしたら子猫も飼って。自分の部屋で好きなだけゲームをして。それが俺の幸せだよ。」

 

クロの夢の話を聞きながら、私は自分の幸せについて考えた。

私にとっての幸せって、何だろう。

具体的にすれば、自分が取るべき行動が見えてくる。

そうすれば、自分を満たす術も明らかになる。

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

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二次感情

 

 

扉を閉め切って、一人でタッパに詰めた作り置きを食べながら。

頭の中でぐるぐるといろんな感情が混ざり合う。

 

はじめは悲しみだった。

クロに突き放された悲しみ。

 

 

 

私が友達にはなれないから、もういっそ顔も見たくないと言った時、クロはあらかじめ用意していたかのようにこう言ったのだ。

 

「恋人になれないのなら、もう何にもなれない?何も一緒にできない?一緒にご飯を食べるのも、出かけるのも。これまでのように夜に一緒にアニメを見るのも。それだけ聞かせて。もちろん俺はそうしたいけど。もし君が望むのなら、今後一切君の人生に干渉しないよ。お互いの人生を歩もう。」

私は、クロのその言葉全てが気に入らなかった。

 

私に選択をさせているようだけれど。

答えを分かって聞いているのだろうか。

そんな簡単に、じゃあさようなら、なんてできないから。

だから苦しんでいるのに。

それとも、クロにとってはなんてことないことなのだろうか。

私は、次の瞬間からは何事もなかったようにできる程度の存在なのだろうか。

そう思ってしまって。

悲しくて、悔しくて、辛かった。

 

 

そして今、どうすることもできずにただ口に食べ物を運んでいる私。

一人部屋にこもって。

なんて惨めな。

 

なんでこんな思いをしなくてはならないのだろう?

と、今度は腹が立ってきた。

 

くよくよしている自分が急にバカらしくなって。

 

「今度はむかついてきたんやけど!!」

と理不尽にクロの部屋にもう一度突撃を仕掛けた。

 

我ながらめんどくさい女である。

俯瞰視するほど笑いが込み上げてきて、気づけば実際に笑っていた。

 

先ほどまで涙をこぼしていた人間が突然笑いながら怒りをぶつけてきたものだから、当然クロは困惑した表情を見せた。

 

無茶苦茶な自分の行動にもはや開き直った私は、今度こそ腹を割ってクロと話すことができた。

 

 

私は、クロが辛いことを前にしても落ち着いていられる理由を尋ねた。

単純に疑問だったのだ。

クロは、過去に経験したことでいくらか耐性ができたのだと話してくれた。

 

辛い経験をしたクロを想像すると、何とも言えない気持ちになって。

これまでどんな経験をしてきたのだろう。

できれば楽しいことばかりの人生を歩んでいてほしかった。

悲しいことや辛いこととは無縁の。

けれど、過去の経験があるからこそ今の彼があるのだ。

 

それならば、せめてこれからは彼には楽しいことばかりが待ち受けていますように。

今の自分の状況を棚に上げて、私はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

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「」=日本語

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虚無

 

なんとか震えを抑えて、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「私は、そんなことできひん。何事もなかったように、これからクロに笑える気がせえへん。できることなら、もう明日から顔も見たくない。そうでもせな、気持ちは整理できひん。顔を合わせて、平気でおられへんに決まってるから。」

 

「もちろん、簡単じゃないことは分かってるよ。この後すぐにとか、そんなことを言うつもりはない。君の気持ちの整理ができたらでいい。急がないから。」

 

聞い覚えのある言葉、急がない。

クロはいつもそう言う。

自分の動揺に反してあまりに落ち着いて見えるクロが、気に入らない。

 

私ばっかり、いつも急いで空回り。

急かされたことなんてないのに。

自分だけ。

また私ばっかりの一方通行だったのかな。

 

「ここ最近の態度、例えばハグしたりとか。クロは、友達にもそう言うことするんかも知らんけど。私は違う。私は友達に料理作ってあげたり、ハグしたり、触ったりせえへん。」

「俺も、他の女友達にはそんなことしないよ。君が特別だから。それに、君も拒む素振りがなかったから。してもいいんだって思ってたけど…違うみたいだね。」

 

特別だなんて言われても、ちっとも嬉しくなかった。

だって、この特別の上にはもっと違うとびきりがある。

何にもなれない特別なんて、今の私には意味がない。

かえって苦しいだけだ。

 

「でも、恋人になる気はないんやろ?私からしたら、都合の良い女として扱われてるんかなって思う。」

「都合のいい女?そんなわけない。本当に君を粗末に扱うなら、本当の意味で手を出してるよ。でもそれはしてないだろ?キスだって、一緒に寝ることだって。」

「そういう問題じゃない。キスしてなくても、十分私の感情が動いてるねん。もしそれを分かってやってたなら、もてあそんでるって思ってまうよ。」

少しずつ悲しみの中に怒りが混ざり始める。

 

声を震わさて話す私。

向かいにいるクロは信じられない、という顔をしていて。

見たところ、本当に自覚がないのだろう。

それを天然でやっていたのなら、私にとっては余計タチが悪いけれど。

 

「とりあえず、分かった。ちょっと整理する。時間くれてありがとう。」

ぶっきらぼうにそう言って、自分の部屋に戻った。

頭を冷やす時間が必要だった。

 

当てつけるように音を立てて扉を閉めて、作り置きのご飯に手をつける。

 

悲しい。

こうなったのははじめてじゃないから。

何度繰り返しても結果は変わらない。

そう突きつけられたようで、虚しい。

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

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振り出しに戻る

 

 

思いの外伝えたい言葉はすぐに定まった。

 

心の中にうずくまっていた感情は、どこかで外に出る機会を待っていたのかもしれない。

 

メッセージで送るとあまりにも長い。

けれども、私の本当の、今の気持ちだ。

そして、なるべく落ち着いて。

冷静に、重くなりすぎないように。

 

本当ならもっと準備をして時間をかけてもよかったのかもしれない。

けれど、この重たい空気にもう耐えられなかった。

 

こうやっていつも焦ってしまうところ。

これも良くないなあ、なんて頭では分かっているのに。

落ち着きがない心は静止を嫌がる。

 

 

ええい。

なんとでもなれ。

半ばヤケクソに、自分を奮い立たせて。

そしてクロの部屋の扉を叩いた。

 

「クロ、ちょっと話せる?」

ああ。もっと冗談っぽく。

軽く、笑って話そうと思ってたのに。

 

これから起こることを予想してか、クロの顔がこわばるのが分かる。

そりゃそうだ。

こんな深刻そうに切り出されば無理もない。

 

「何。怖い。」

そういうクロに、何から話し始めれば良いのか考えを張り巡らせる。

 

頭の中で準備した言葉を何度も並び替えて。

ああ。

やっぱり台本を用意して話すのは向いていない。

 

あんなに考えた言葉が、口から出てこない。

口にするのが怖い。

自分から話がしたいと言っておいて、なかなか切り出せずにただ立ちたくす私をクロはじっと見ていた。

 

「恋人は、今いらない。」

私の決心がつく前にクロがそう言い放った。

 

ああ。

全てが崩れ落ちるようだった。

期待とか、淡く抱いていたものたちが一瞬にして消え去る。

やっぱり私は期待してたんだ。

 

期待?

どんな言葉を?

やっぱり君のことが好きだから特別に付き合おうって?

 

ここ最近のクロの態度を、また私は履き違えていたのか。

振り出しに戻った。

いや違う、今度こそ、道自体が閉ざされてしまった。

 

頭が解釈を始めると同時に、涙が込み上げてくる。

泣いたらだめだ。

冷静に話さないと。

でも何を話す?

もう結論は出た。

恋人にはなれない。

私はこの想いをこれ以上膨らませてはいけない。

最初から分かっていたことだ。

それを子供のように地団駄を踏んでいるだけ。

 

「一つだけ聞かせて。恋人にならないなら、俺たちの関係はゼロ?一緒にご飯を食べたり、アニメを見たりすることもできない?俺はできることなら君と一緒に楽しい毎日を送れたらと思うけど。もし君がそれを望まないなら、それでもいい。お互い一切干渉せずに、それぞれの人生を歩もう。」

 

なんで、そんなこと言うん。

 

堪えていた涙が限界を超えて頬を伝う。

 

なんで、そんなに平気そうなん。

私と離れること、ちょっとくらい悲しんでよ。

あっさり無かったことにできるなんて、言わんといてよ。

 

「私は、」

なんとか絞り出した言葉はどうしようもなく震えていて。

冷静さを欠いた私は、理性的に話そうと決めていたことすら忘れて。

また感情の、悲しい波にのまれてしまう。

 

 

 

 

「」=スペイン語

「」=日本語

で会話をしています。