ビザの問題
「結婚っていうのは、1番簡単な手段だ。望まない大学に通う必要もなく、ワーキングホリデーみたいに一時的なビザだからって就職で不利になることもない。」
でも、と言いたげな顔だった。
案の定彼は続けた。
「結婚して5年間日本に住めば、永住権を得られる。結婚以外に条件もないから簡単だけど、その分脆いのも事実だ。例えば君と結婚して日本で住んだとする。でもある日君が言うんだ、『もう嫌になった、クロさよなら』って。そしたら俺は途端に永住権を失ってスペインに出戻りさ。」
「言ってることは分かるけど、そもそも結婚なんてそんなもんじゃない?国際結婚だろうがなかろうが、人の気持ちがどう変わるかなんて分からへんし。」
「でも、ただ日本人同士で離婚したって日本に居られなくなるわけじゃないでしょ。」
「それはそうやけど。」
それはそうやけど。
なんでそんなに、あかん想像ばっかしてるん。
話を聞きながら、彼の状況はこれまでより理解できた気がするけれど。
その分なんとも歯痒い気持ちになった。
もっと単純で、くよくよ悩まなくても良い選択肢があるような気がする。
嫌だな嫌だなって思うときは、別のもっと良い選択肢が見えていない時だ。
今のクロは、なんだか視野が狭まっているように思える。
それはきっと私のこと以外にも考えないといけないことが山ほどある、と言っていた大量の悩み事なんだろう。
悩むことに疲れて、自暴自棄になっているように見える。
そんなクロを見ていたら、私はどんどん冷静になってきた。
「とりあえず、選択肢は今3つあるわけやな。学校に通ってビザに必要な肩書きを得ることそれか、ワーキングホリデービザ。もしくは、結婚。」
「問題は、学校に4年間通い続けたら日本に行く頃にはお金がなくなってしまうことだ。だから、日本に行くためにお金を稼ぐ期間が別で必要になる。そうすると5年経って、歳もとって…考えたくないね。もし今日本に住み始められるなら、お金も多少はあるのに。だから結婚が1番簡単なんだ。後は、日本で仕事を5年続ければそれでもビザがもらえる。5年かかるけどね。」
「学校通っても、日本で働いても同じ5年やん。そしたら、行きたくない学校より働く方がいいんちゃうん?クロは英語が話せるから外資企業でも働けるやろうし。」
「でもまだ漢字が読めないよ。」
「完全英語の会社とか全然あると思うで。現に私の友達が外資系の会社で勤めてるけど、基本英語でやりとりしてるし。それに動画の編集とかパソコン使えるならテレワークできるやろうし。」
「テレワーク。」
やから、そんなに悲観的にならなくてもいいんちがう?
やっぱりきっと今彼は、いっぱいいっぱいなんだ。
考えてもすぐに答えは出なくて、でもすぐに答えを出さないといけないような強迫観念に襲われている。
何がきっかけで、彼をここまで追い込んだんだろう。
私からしたら可能性に満ち溢れている彼の未来を、『知らない』というだけで潰して欲しくない。
私が力になれるなら、そうしたい。
おせっかいかもしれないけれど。
芽生えた感情は仕方がない。
冷静さを取り戻した私は、本腰を入れて彼と向き合いたいと思い始めていた。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。