食材
キッチンで食材の整理をしながら、何げない会話をしていた。
突然、思い立ったかのようにクロが言った。
「君は俺の食材をちょっとずつ食べて、ちょっとずつ俺のお金を使ってる!」
誤解がないように断っておくが、食材の共有を提案してきたのはクロの方からだ。
実際のところ、共有する食材を買う頻度はクロの方が高いかもしれない。
けれど、それは単に買い物の頻度の問題だ。
クロに限らず、スペインのスーパーでは大量の食材を買い込んでいる。
当初は大家族なのだろう、と考えていた。
しかし、クロが自分のために牛乳を三本、ハムを三個、と買い物カゴに入れるのを見て考えを改めた。
同居している人数はきっと関係がない。
そもそもクロは大食いなほうではないので、一度の消費量が多いからと言う理由ではない。
逆に、私が細々と買い物をしていると不思議そうになぜ一個ずつしか買わないんだ、と聞かれたことがある。
きっと面倒臭がりゆえなのだと私は結論づけた。
そんなわけで、私が買い物に行く暇もなくクロが大量に買い込んでくるのが日常になっている。
ともかく、先ほどの発言に怒りの類の感情は含まれていないらしく、むしろその表情は明るかった。
何なら嬉しそうに笑っている。
「まあ、俺は君の笑顔が見られればそれでハッピーだからいいや。」
どこまで本気なのかは分からないが。
真剣にそう思っているのだとしたら、私はとんだ幸せ者だなあ、と私も笑顔になった。
またある時。
唐突に私の部屋に押しかけてきたクロが、何やら前髪を触りながら洗面所と部屋を往復している。
「髪の毛を切りに行く。前髪はどうしたら良いと思う?整えるだけか、ここまで切るか。」
クロの右手はひたいの真ん中あたりを指して、前髪を折り曲げて予行練習している。
いや、女子か。
私もそれよくやるわ。
前髪は切るか切らんか、切る前にめちゃめちゃ迷うんや。
切って仕舞えば案外すぐ伸びるし気にならないのだが、変化の前に少し怖気付くのは仕方がない。
結局いつも最後はセットが面倒臭くなるのでしばらくは前髪を作っていないが。
目の前のクロはかつての私のようにどうしよう、どうしようと唸っている。
「前髪があったら可愛らしい感じで、今のままやとクールな感じやな。」
私の口からは決定打を示さず、クロ自身が決めるように両方肯定するような発言に留めておいた。
実際のところ、今の髪型のクロに見慣れているので他の想像ができない。
そんな私の返答に不服そうに、
「君は、どっちが良い?」
と君、の部分を主張してきた。
あんなに自分のことは自分で、主義のクロが私の意見を取り入れようとしている状況に驚いた。
好きな方にしたら、と言っても聞かない。
私の好きな方にしたい、と決断を促してくる。
私の意見を重要視したいなんて。
満更でもないな。
ふふ、と思わずにやけた顔になった。
※「」=スペイン語
「」=日本語
で会話をしています。